雑談散歩

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痴呆症と仕事

私の知り合いに、痴呆症の初期症状が出ている女性がいる。
年齢は80歳に近い。
彼女が69歳の頃、夫が病没。

72歳まで居酒屋をやっていたが、マイホームを建てた長男夫婦と同居するために閉店。
しばらく同居の後、長男夫婦と意見が合わず、長男夫婦の家を出て長女と同居。
ところが長女が不幸にして病没したため、次女夫婦と同居。
次女夫婦とも合わず、「老人施設」に入居。
次女夫婦と同居していた頃から、「初期の痴呆症的な行動」が出ていたらしい。
この話は、私の友人が次女から聞いた話の又聞きなので詳細は不明です。

私は40歳から50歳にかけて、この女性の居酒屋に通っていたのです。

「私は水商売が素人だから、接客も料理も素人の域を出ない」というような意味合いのことを言うのが口癖のママさんでした。
「水商売」という言葉を盛んに使っていましたから、「飲食店業」に何か偏見を持ちながら飲み屋商売をしているという不安定感がありました。
当時私が暮らしていたアパートの近くにあって、ママさんの人柄も良く、低料金なので通っていたのです。

店を閉めるにあたってそのママさんは次のように言ってました。
「体が動かなくなってから息子の世話になるのでは遅い。体がまだ動くうちにご飯仕度とか家事の手伝いをしながら、徐々に息子の世話になっていくべきだ。」
そして彼女は、彼女の唱えていた方法を実行したのでした。

店も自宅営業なので家賃がかからないし、体が動くうちは細々とでも自分の仕事を続けた方が良い、というのが私の当時の意見でした。
それは今現在も変わっていません。
私自身も今の仕事をそのように続けるつもりです。

ママさんは飲み屋稼業を自分の仕事として位置づけてはいなかったようです。
だから、仕事を辞めて息子の元へ走ったのでしょう。

体が動くうちは、頭も回るし自分の意見にも固執しがちである。
特にママさんは自身に固執しがちな一面があった。
まだ元気だったから、息子夫婦と意見が合わずに息子の家を出ることになったのでしょう。

周囲とも折り合いが合わなくなり、自己の世界に閉じこもるうちに痴呆症の症状が出始めたようです。

仕事のできるうちは仕事に精を出して、多くの人との繋がりを築く努力をしていれば、痴呆症は避けれたのでは、と私は個人的に思っています。
仕事に取り組むという生き方自体が、痴呆症にかかりにくい環境をつくるのではないかと思います。
医学的な根拠はありませんが、そういう気がします。
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